東洋大学のプレスリリース
新しい観光のパラダイム
「海外DMOのブランディングに学ぶ~コロナからの早期復活を果たす為に」
2022年10月11日から入国制限が緩和され、入国者総数の上限も撤廃され、双方向の国際交流が大きく動き出します。また、国内では県民割の全国受入開始も始まり、秋の旅行需要を勢いづける効果が期待されます。
東洋大学国際観光学部では、再スタートともいうべきこの時期をとらえ、「新しい観光のパラダイム」と題し、ツーリズム産業を前に進めるための手掛かりを示すコンテンツを連載で公開しています。テーマは「アドベンチャーツーリズム」「フランスにおける再生型観光戦略」「海外DMOのブランディングに学ぶ」「持続可能な地域づくりと観光」の4つです。東洋大学ではこれからも、変化に対応し、時代を切り拓ける人材を育成していきます。
インバウンドにおけるDMOの役割の重要性
※DMO(デスティネーション・マネージメント・オーガニゼーション)
近年、日本でDMOの役割に関する議論が高まっている。DMOとは、デスティネーション(国・地域)に観光客を呼びこむことを主目的とする組織で、日本語では観光局と呼ばれることがある。インバウンド(外国人)客が呼び込む対象となることが多い。世界を見るとDMOの歴史は100年以上にも遡り、その役割は大きく変化している。設立当初は、事業者間の結束を重視する傾向があり、観光客視点よりも、事業者視点の宣伝やイベントなどが行われ、来訪者が一定数に達すると、効率的・効果的に集客を図ろうと、旅行会社にツアー造成を積極的に働きかけることが重視された。そして、旅行者が安定し、旅行目的地としての一定の地位を確立すると、これまで以上に事業者や地域住民との連携を深め、今後のデスティネーションのあり方をはじめとするマネジメントの議論が高まる。この段階で見られるのがブランディングである。国連世界観光機関(UNWTO)は、世界のDMOの82%がブランディングを推進し、29%が10年以上継続している事実を明らかにしている。ブランディングは日本のDMOで議論されることが極めて少ない。ロゴや、つかみどころがないものとして捉えられることが多い。海外DMOはブランディングを通して何を達成しようと試みているのか。
ブランディングの4つの効果
第1は、グローバル市場でのデスティネーションの確固たるイメージの確立である。国境を越える観光客数が右肩上がりを続け、旧ソ連やアフリカの国々、中東のカタールやサウジアラビアなど新たなデスティネーションが相次ぎ誕生し、世界のDMOの数も増えている。競争環境が熾烈化する中、デスティネーションが選ばれるためには、確固たるイメージを作り上げることは重要である。「新鮮な海の幸」や「B級グルメの〇〇」といった話ではない。諸外国のDMOは、グローバル市場を俯瞰しながら、ライバルのデスティネーションには存在しないもの、ライバルが模倣できないもの、通年観光に耐えられるものなどを見極め、競争力の源泉となるようなイメージを緻密に計算しながら戦略的に作り上げている。イギリスは「現代文化」を、ニュージーランドは「ピュア」を、アメリカは「国立公園」や「音楽」を中核に位置付けている。
第2は、来訪者の地方分散を促進するためである。DMOにとって最も大きな課題は、都市部に集中する観光客を地方に分散させることである。だからといって、地方すべての「地名」をアピールしてもよほど世界地理に詳しくない限り、多くの外国人は耳にしたこともなく意味がない。欧州では「地名」を意図的に伏せて、点と点を線で結び、ブランディングの基盤を確立する事例が多い。スコットランドのモルト・ウィスキー街道や、ドイツのロマンチック街道などは成功事例として知られる。地名ではなく、ウィスキーやロマンチックと聞いただけで夢が広がる。
第3は、流通チャネルに対する交渉力を強めるためだ。旅行会社がDMOの要望通りのツアーを造成することは極めて稀だ。しかし、ブランド力があれば、消費者の指名買いが期待でき、一定の需要が見込めるため、ブランドに関連したツアーを作ろうという意向が働く。既述したドイツのブランディングは一目置かれている。ロマンチック街道に参加した人は、次はエリカ街道や、古城街道などに参加する可能性があるため、街道関連のツアーが旅行会社によって主体的に作られる。結果として観光客の地方分散に大きく貢献することとなる。
第4は、客単価の高い観光客を魅了することである。ブランドを求める消費者はブランド自体に価値を見出すため、少々高くても購入する傾向が強い。したがって、ライバルが値下げしたとしても、そちらにスイッチすることが少なく、価格競争に巻き込まれにくい。このことはデスティネーションにも当てはまる。イギリス政府は報告書の中で、アイスランド、ニュージーランド、メキシコ、カリフォルニアがラグジュアリー層の誘致に成功しているのは各DMOの継続的な努力によるものだと述べている。
ブランディングがコロナからの早期復活の決め手
コロナ禍に発売された「DMOのプレイスブランディング」の中で運輸総合研究所の宿利会長がブランドとレジリエンス(回復力)の関連性に言及し、強いブランドは危機からの一定程度の回復力を秘めていることを示唆している。イギリスやカリフォルニアは早い段階からブランディングに着手している。イギリスは、歴史的に数多くのパンデミックやテロに、カリフォルニアは大規模な山火事などの自然災害に直面し、インバウンド観光の打撃を受けてきた。ポストコロナでインバウンド客の争奪戦が地球規模で再び熾烈化することは間違いない。上記4点だけでなく、レジリエンスを検討する上でも、ブランドを学ぶ必要があるだろう。
東洋大学国際観光学部 准教授
専門分野:
国際観光マーケティング、デスティネーション・ブランド、DMO 戦略論
研究キーワード:
国際観光マーケティング/プレイス&デスティネーション・ブランド/デスティネーション・マーケティング