公益財団法人いばらき文化振興財団のプレスリリース
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発表のポイント
◆産卵後のトラザメの卵の中は無菌に近い清潔な環境であり、産卵から約2ヶ月間、低い細菌密度が維持されるこ とを発見しました。
◆トラザメの初期胚は、免疫機能が未発達であることを確認しており、卵の中の清潔な環境は、胚の正常な発育に不可欠だと考えられます。
◆本研究の結果は未知の生体防御メカニズムの存在を示唆しており、その解明は医療応用や、絶滅の危機に瀕するサメやエイの保全にも貢献すると期待されます。
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発表内容
東京大学大気海洋研究所の髙木亙助教と兵藤晋教授、同大学大学院理学系研究科の増田絢美大学院生(研究当時)、専修大学経済学部・同大学自然科学研究所の髙部由季講師、アクアワールド茨城県大洗水族館の徳永幸太郎副参事らの共同研究グループは、細菌数計測と群集構造解析を組み合わせ、トラザメ卵殻内の微生物環境を詳細に解析しました。
卵生の板鰓類(注1)は、産卵から孵化までに数ヶ月から1年を要しますが、この長い発生期間中、胚がどのようにして海水中の病原性細菌から守られているかは不明でした。卵生の板鰓類の胚は、コラーゲンでできた丈夫な卵殻の中で発生します。また、多くの卵生種では、発生期間の1/3を過ぎた頃に卵殻の一部が開き、卵殻内外を海水が自由に出入りするようになる「プレハッチ」という現象が知られています。プレハッチ以前の初期胚は免疫機能が未発達で、病原性細菌に対する抵抗性がないと考えられていましたが、実験的に検証された例はありませんでした。
本研究グループは、まず胚の病原性細菌に対する抵抗性を調べるため、発生中のトラザメ胚を用いて生存実験を行いました。プレハッチ前の初期胚を卵殻から取り出し、天然海水に曝露したところ、20日以内にすべての個体の死亡が確認されました(図1)。一方、抗生物質を添加した海水への曝露では全ての個体が生存したため、これまで予想されていた通り、発生初期の胚は、病原性細菌への感染に脆弱であることが確かめられました。
プレハッチ前の胚を卵殻から取り出し、抗生物質を添加した海水と、添加しない海水の2つの条件で20日間飼育して、生存率を比較した。
そこで次に、初期胚が置かれた卵殻内の微生物環境を明らかにするため、卵殻内の細菌数計測と、16S rRNAアンプリコンシーケンス(注2)による細菌群集構造解析を行いました。その結果、産卵直後の卵殻内は海水と比較して細菌数が極端に少なく、無菌に近い環境であることがわかりました(図2左)。また、その清潔な環境はプレハッチまでの約2ヶ月間、一貫して維持されることも確認されました。初期胚の免疫機能の脆弱性を考慮すると、この清潔な環境が胚の正常な発育に不可欠な要素であると考えられます。
(左)発生中の卵殻内の液体、および海水に含まれる1mLあたりの細菌数を示したグラフ。(右)産卵直後の卵殻内の液体と、親魚で卵を作る器官「卵殻腺」の上皮、および海水における細菌の割合を示すグラフ。色分けされた棒グラフは各細菌分類群の存在比を示す。
さらに、産卵直後の卵殻内は、スフィンゴモナス科の未同定種が80%以上を占める特殊な環境であることも明らかになりました(図2右)。この細菌群は、母親の卵殻腺(注3)の上皮にも存在しており、宿主であるトラザメに対して何らかの有利な影響を与えている可能性が示唆されます。この未同定種が卵殻内を優占している理由は現時点では不明ですが、今後は共生関係の観点からさらなる研究を進める予定です。
板鰓類の受精卵は卵殻に包まれ、卵殻内は卵ゼリーで満たされており、鳥類の卵と似た要素で構成されています。しかし、鳥類では卵白に豊富に含まれる抗菌タンパク質が卵殻内を清潔に保ちますが、板鰓類の卵ゼリーにはタンパク質がほとんど含まれません。よって、板鰓類には鳥類とは異なる卵殻内抗菌メカニズムが存在すると考えられます。今後のトラザメをモデルとした研究によって、脊椎動物における新規の抗菌物質や感染防御メカニズムの解明が進むと期待されます。
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発表者・研究者等情報
東京大学
大気海洋研究所
髙木 亙 助教
兵藤 晋 教授
大学院理学系研究科
増田 絢美 修士課程(研究当時)
専修大学 経済学部・同大学 自然科学研究所
髙部 由季 講師
アクアワールド茨城県大洗水族館 魚類展示課
徳永 幸太郎 副参事
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論文情報
雑誌名:Environmental Microbiology Reports
題 名:Low microbial abundance and community diversity within the egg capsule of the oviparous
cloudy catshark (Scyliorhinus torazame) during oviposition
著者名:Wataru Takagi*, Ayami Masuda, Koya Shimoyama, Kotaro Tokunaga, Susumu Hyodo,
Yuki Sato-Takabe
DOI:10.1111/EMI4.70025
URL:https://doi.org/10.1111/EMI4.70025
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注意事項(解禁情報)
日本時間10月23日正午(フィリピン時間:23日午前11時)以前の公表は禁じられています。
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研究助成
本研究は、JSPS科研費「若手研究(課題番号:JP22K15153)」、公益財団法人IFO発酵研究所「一般研究助成」の支援により実施されました。
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用語解説
(注1)板鰓類
サメやエイの仲間。軟骨で構成された骨格を持つ魚類である軟骨魚類の一群。多様な繁殖様式を持ち、卵生だけでなく、胎生の種も多くいる。
(注2)アンプリコンシーケンス
特定の遺伝子領域を増幅し、その配列を解析することで微生物群集の多様性や構成を調べる技術。本研究では原核生物(細菌・古細菌)の持つ16S rRNA遺伝子を対象に、細菌の群集を解析した。
(注3)卵殻腺
板鰓類のメスの体内に存在する生殖器官。精子の貯蔵、受精、卵ゼリーの分泌、卵殻形成など、多様な機能を担うことが知られる。