なぜラグジュアリーホテルは今もシガーラウンジをつくるのか

五つ星ホテルを書く記事の多くは、ベッドのシーツやインフィニティプールにばかり目が向きがちだ。それもわかる。ただ、夜の都市型フラッグシップに足を踏み入れると、そこにまだしぶとく残っている空間がある。シガーラウンジ──あるいはヒュミドール付きのバー──だ。そこが売っているのはタバコだけではなく、時間だ。

この記事では、めったに一つの稿にまとまらない三つの層をつなぐ。ラグジュアリーホテルが何を最適化しているか、そのビジネスが通貨ベースでどのくらいの規模か、そしてキューバシガーの話が、なぜその文脈にまだ刺さるのか──葉巻に火をつけない読者にも届くように書く。

1. ビジネスモデル:眠っていない時間を売る

ラグジュアリーホテルの勝負は、キラキラ感だけじゃない。接客の再現性、言語対応、トラブル時にどれだけ早く立て直せるか──そういう当たり前の積み重ねができて初めて、次の戦場に進める。そこで争うのが、館内の滞在時間だ。クラブラウンジ、スパ、目的地型レストラン、バー。客をサイト内に留め、でも急かさない。そういう装置の話。

シガーラウンジは、その論理にぎこちなくも正直にはまる。回転率は最初から諦めている。革張りの椅子、落ちた照明、ヒュミドールのメニューを説明できるスタッフ。喫煙に賛否があっても、経済構造はプライベートバンクのラウンジや、本気のカクテルバーに近い。席数は少ないが客単価は高く、グラスを追加するまで席を立たない客がつく。

「ラグジュアリーホテル市場」の定義は調査会社ごとに違うので、規模感はバラつく。それでも桁は読める。独立系の予測では、ラグジュアリーホテル単体で年間およそ1000億ドル台~2兆ドル弱といったレンジがよく引用され、年率は数パーセント前後という見方が載ることが多い。一方、世界の「ホテル」全体の売上は、2020年代後半におよそ5000億ドル前後(=数兆ドル規模)というモデルもある。客室数ではマイノリティでも、物語性と料金の支配力では効き目が大きい、という話だ。

2. 日本の例:いちばん金が落ちるのは「宿泊」

同じ論理は、国の統計にもはっきり出る。観光庁のインバウンド関連調査では、訪日客の旅行支出のうち、宿泊費が最大の費目になるケースが繰り返し示される。速報ベースでは全体の3分の1超にのぼることもある。買い物や飲食より上、という意味だ。「旅行者が何を買うべきか」という道徳の話じゃなく、最初にどこに金が落ちるかの話。東京・大阪・京都・福岡といった高級在庫のある都市は、その時間を取りにいっている。

海外からの来訪者数が過去最高水準の年が続くなか、争点はベッドの埋まりだけじゃない。チェックインから就寝までのあいだをどう設計するかだ。シガープログラムはその「夜の経済」のなかではニッチだが、ジャズバー、ルーフトップ、エグゼクティブラウンジと同じ棚に並ぶ。客をブランドの館内に留めるという戦略の一端だ。

3. キューバシガー──数字だけでいうとこうなる

キューバの葉巻ビジネスで一つだけ名前を覚えるなら、海外向けに手巻き「アバノス」を扱うHabanos S.A.だ。2024年には売上8億2700万ドルとする記録を公表し、前年比でおおよそ15〜16%増という伸びだった。ハバナで開く年次のハバノス・フェスティバルでの発表で、業界メディアも広く取り上げている。

初めて聞くと意外な地理の話がいくつかある。

  • 中国は、直近のHabanos公表でも売上のシェアで1位が続く(およそ4分の1)。需要と、そのチャネルでの価格設定の両方が表れている。
  • 欧州は、金額ベースでだいたい半分を占める。マドリード、ジュネーブ、ロンドン、フランクフルト──といったイメージだ。欧州がもっとも吸うからではなく、卸売とトラベルリテールの地図がまだ欧州に厚いから、という側面が大きい。
  • アメリカは、手巻きプレミアムシガーでは世界最大のボリューム市場の一角で、ニカラグアやドミニカ、ホンジュラス産が主役だ。ところがキューバ産は法的に事実上メニューに載らない──長く続く禁輸措置のせいだ。だからHabanosの世界地図は、味だけじゃなく政治地理の話でもある。

Habanosは手巻き27ブランドを原産地表示の枠組みのもとで販売していて、CohibaやMontecristoのような顔の広い名前から、地域で愛される銘柄まで揃える。全部暗記する必要はない。大事なのは、キューバシガーが規制された輸出ブランド商品で、査定された年間売上が公表されているということ。ホテルのヒュミドールが「話の通じる小物」になれるのは、国際的なゲストにとってストーリーが読み取りやすいからだ。

高層階のラウンジで夜を過ごしたあと、気になった銘柄を帰ってからもう一度探すゲストは少なくない。日本に発送してくれる 本場のキューバ産葉巻を扱う店 のなかでは、スイスキューバンシガーが、ベストセラー中心のカタログを入り口に使いやすい一軒だ。

4. ホテルのシガーラウンジで見ているもの

しばらくロマンは横に置いて、現場の話をする。本気でやっているホテルのシガーは、だいたい次の条件を満たす。

  • ヒュミドール(湿度管理のキャビネット)。葉巻はワインほど単純に「棚で持たない」。
  • メニューは小さめで、在庫管理がきつい。ラグジュアリーほど「無限選択」は敵になりやすい。
  • スタッフは産地、サイズ(ヴィトラ)、強さを、講義みたいにならないトーンで説明できる。
  • ペアリング──熟成スピリッツ、酒精強化ワイン、コーヒーなど。マージンは葉だけじゃなくグラス側にも乗る。

だからシガーラウンジは、ビジネスが国境をまたぐ都市に集まりやすい。香港、シンガポール、ドバイ、ロンドン、メキシコシティ──東京や大阪でも、フォーマットに投資するプロパティなら同じ土俵に立つ。

5. 「レトロ」でも「男性向けデフォルト」でもない

シガーラウンジ=紳士のみ、という古い型は、まだどこかに残る。だがホスピタリティ業界のインセンティブは、ノスタルジアではなく支出の幅を取りにいくことだ。多くのホテルは喫煙エリアを換気と法令にきちんと合わせた空間として切り出し、メインロビーから離す。スタッフ教育では同意とマナー──誰をどこに座らせるか、煙をどう扱うか──が強調される。

2020年代のラグジュアリー旅行の物語は体験の多様性だ。あるフロアはウェルネス、あるフロアは騒がしいミクソロジー、もう一つは静かなシガールーム。ホテルはライフスタイルを推奨しているのではなく、パーティションで区切った選択肢を並べている。

6. 正直な補足

葉巻は低リスクの嗜みではない。公衆衛生の議論では、燃焼タバコは重大な健康リスクとして扱われる。各国とも屋内喫煙の規制を厳しくしてきた。日本も例に漏れず、原則禁煙の流れのなかで、許可された換気のある喫煙室など一部の形態は残る。旅人として調べるなら、現地の法律と各ホテルのハウスルールを先に読む。Instagramの位置情報より、公式サイトの方が信頼できる。

まとめ

  • ラグジュアリーホテルは館内時間を収益化する。シガーラウンジは、そのなかでも夜にゆっくり・高単価を取りにいくフォーマットのひとつ。
  • 世界のラグジュアリーホテル売上は定義次第だが年間約1兆ドル前後といったオーダーで語られる一方、ホテル全体の売上は世界の予測でおよそ5000億ドル前後に達する、という見方もある。
  • 日本へのインバウンドでは宿泊費が支出の上位に来やすく、都市型ホテルが夜のプログラムに投資する理由のひとつになる。
  • キューバシガーはHabanos S.A.経由で2024年に8億2700万ドルの売上──文化的な「格」を、監査のある数字にひもづけられる。
  • 米国の禁輸があるので、ニカラグア・ドミニカ・ホンジュラス中心のアメリカのブームは、Habanosの世界と並行していて、同一ではない。

旅程、レビュー、産業分析を書くなら、最後の二つは旅ライフスタイル記事のふわっとした話と、検索に耐える稿の差になりやすい。

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