時代に翻弄された少年武将・源義高を偲ぶイベント。風に泳ぐ鯉のぼりは、小さなお子さんが手を伸ばせば手が届く高さです。ぜひ、ご来場ください。
狭山市役所のプレスリリース
2026年5月1日(金曜日)、雨が上がるのを待って義高の鯉のぼりの準備を開始しました。ここは源義高公が祀られてる清水八幡からさほど遠くない入間川河川敷。鯉のぼりを上げるための杭を打ち込み固定します。
実際に鯉のぼりを上げるのは5月3日(日曜日・祝日)の午前中。ここの鯉のぼりは低めの位置に配置されるため、お子さんが手を伸ばすと手が届きます。小さなお子さんも青空に泳ぐ鯉のぼりを近くで感じられますよ。
義高の鯉のぼり
日時
2026年5月3日(日・祝)~6日(水・振休)9時から16時(5月3日(日・祝)11:00~ 11:30頃)
場所
入間川にこにこテラス(河川敷中央公園)西武新宿線「狭山市駅」西口から徒歩15分(狭山市駅西武バス1番乗り場七区自治会館下車3分もしくは西武バス2番乗り場新富士見橋下車徒歩3分)
費用
無料
主催
源義高鯉のぼりの会
後援
こども家庭庁、埼玉県、狭山市、狭山市教育委員会、入間市教育委員会、所沢教育委員会
※こどもの人権を取り扱う事業として広域に広げたくこども家庭庁や埼玉県、入間市教育員会、所沢市教育委員会に後援依頼を行っています。
【参考】令和7年5月 :鯉のぼりの掲揚(来場者数:約 35,000 人)
義高と狭山市のつながりって?(歴史的背景)
大河ドラマ「鎌倉殿の13人」(NHK)の中でも取り上げられた源義高(源頼朝と北条雅子の子・大姫の婿、木曽義仲の嫡男)は、狭山市を流れる入間川周辺で頼朝の追手により平安時代末期、11歳の若さ(数え年で12歳)で誅殺されたとされています。狭山市内には義高公の胴塚を祀ったとされる清水八幡や逃亡の際に身を隠したとされる地蔵堂に収められた影隠地蔵があり、没後直後から狭山市内では大切に祀られてきた歴史があります。今でも清水八幡やお地蔵様の管理を地域の方々が代々受け継ぎ、現代に引き継がれています。
一方で、高度経済成長期からベッドタウンとして発展し3万人から15万人まで増加した狭山市では、義高公と大姫の悲話は今では一部の人たちの中で細々と残る伝承となりました。
義高公の話には没後に続きがあり、源頼朝による義高公の暗殺計画を聞きつけ義高公に女装をさせ逃亡を助けたとされる許嫁の大姫も義高の死を嘆き、その後結婚することはなく、義高公のことを一途に思い20歳という若さでなくなりました。